中津川市は、中山道45番目の宿場町として木曽及び飛騨地方の交通ならびに物資集散の要所として発達してきた街です。そのなかで消防は、施設及び人員を活用して、住民の生命、身体及び財産を保護する任務をもって常に犠牲的精神に培われて郷土の守りとなり、郷土と共に育まれ、郷土と共にあるいてきました
《中津地区消防団のあゆみ》
| 明治17年 | 落合村に私設消防組が、手押ポンプ1台と4部制60名の編成をもって発足した。 |
| 明治18年 | 千旦林村に私設消防組が、207名をもって発足した。 |
| 明治19年10月 | 中津町は、間半兵衛を発起人として、いろは3組(本町組を い組、新町組をろ組、茶屋坂組をは組)の私設火消組を設立し、各々組員30名、腕用ポンプ1台、とび、梯子が整備された。 |
| 明治20年 | 茄子川村に私設消防組が、127名で発足した。 |
| 明治29年 2月 | 落合村は、公設消防組に改革し、組頭に鈴木清通が就任。 |
| 明治29年 7月 3日 | 時世の推移と、世論の要請により中津町いろは組は、公設となり、中津町消防組と改革され、組頭に間鷲郎が就任。 |
| 明治31年 4月 1日 | 駒場及び手賀野の両村の合併、中津町の区域の増大により組員は200名となり、腕用ポンプ5台が常備された。 |
| 明治40年10月29日 | 神坂村は、組員195名をもって、公設消防組が発足した。 |
| 大正 4年 | 中津町は組頭以下350名、他に警防隊50名、機械はガソリンポンプ1台、腕用ポンプ7台が常備された。 |
| 大正 9年 5月 | 茄子川の消防組を、公設消防組に改組した。 |
| 大正 9年 6月 1日 | 苗木町は、各地域で区長を中心に消防活動を行ってきたが時世を推移し、公設消防組を設立した。 |
| 大正 9年 6月 | 千旦林の消防組を公設消防組に改組した。 |
| 大正 9年12月17日 | 阿木村は、2部制をもって公設消防組の設立をした。 |
| 昭和 4年 4月 1日 | 千旦林組と、茄子川組が統合し、坂本消防組となった。 |
| 昭和14年 4月 1日 | 国の施策に伴い、消防組は全国一斉に警防団として発足した。 中津町警防団(団員511名.9分団) 苗木町警防団(団員180名.本部.3ヶ分団) 坂本村警防団(団員189名.6部) 落合村警防団(団員122名.7班) 阿木村警防団(団員232名.3部) 神坂村警防団(団員200名.本部.2部) |
| 昭和22年 4月30日 | 消防団令が公布され、消防団令の附則で警防団が廃止、新たに全国の市町村に自主的、民主的な消防団が組織された。 10月5日、苗木町消防団創設。 10月8日、阿木村消防団結団式。 10月9日、落合村消防団結団式。 10月9日、苗木町消防団発会式。 10月11日、中津町消防団発団式。 |
| 昭和23年 4月 1日 | 中津町は、自治体消防として従来の9ヶ分団制を廃止、本部と4ヶ分団、定員263名となった。 |
| 昭和26年 4月 1日 | 苗木町の合併、新しく中津川町の誕生により中津川町消防本部のもとに消防署が設置された。 |
| 昭和27年 4月 1日 | 中津川町が新しく中津川市として誕生。同年5月1日従来の消防団を改組して、5ヶ団に改め、連合消防団制を採り、連合消防団長に篠田初太郎就任。 |
| 昭和29年 7月10日 | 坂本村の合併により、坂本消防団を中津川市消防団として受け入れ、定員180名で消防団長に小栗峰郎就任。 |
| 昭和30年 7月15日 | 中津川市消防団消防音楽隊を隊員22名をもって編成する。 |
| 昭和31年 9月30日 | 落合村の吸収合併に伴い、落合消防団を中津川市消防団として受け入れ、団長に吉村勝輔就任。 |
| 昭和32年11月 1日 | 阿木村が中津川市に合併し、阿木消防団を中津川市消防団として受け入れ、団長に小栗浩就任。 |
| 昭和33年10月15日 | 長野県西筑摩郡神坂村の越県合併により、神坂村消防団を中津川市消防団として編入する。団長に島崎庄一就任。中津川市消防団は中津、苗木、坂本、落合、阿木、神坂の6ヶ団となり、定員822名を数えることとなった。ここで、中津川市消防団長丸山敏治を連合消防団長として、中津川市消防団は6団により運営されることとなった。 |
| 昭和34年 9月 1日 | 町村合併に伴う中津川市の中津、苗木、坂本、落合、阿木、神坂の各消防団が統合され、中津川市消防団として発足した。中津川市消防団は、中津分団、苗木分団、坂本分団、落合分団、阿木分団、神坂分団の1団6分団制とする。中津川市消防団長に丸山敏治就任。 |
| 昭和37年 4月29日 | 第11回岐阜県消防操法大会が中津川市会所沢グランドで開催される。 |
| 昭和42年 1月 4日 | 中津川市行政の正常化に伴い、中津川市消防団神坂分団の山口村に所属する33名を山口村消防団へ転入、中津川市消防団定員789名になる。 |
| 昭和47年 4月 1日 | 中津川市消防団長に丸山敏治辞任により、団長に菅井三平就任。 |
| 昭和50年 4月 1日 | 中津川市消防協会設立、協会長に団長の菅井三平就任。 |
| 昭和57年 4月 1日 | 中津川市消防団長に市川博就任。 |
| 昭和58年 4月 1日 | 中津川市消防団らっぱ隊発足。 |
| 平成 4年 4月 1日 | 中津川市消防団長に松田周一就任。 |
| 《中津川市消防団発足》 | |
| 平成17年 2月13日 | 中津川市、恵北地区(坂下町、川上村、加子母村、付知町、福岡町、蛭川村)長野県山口村と合併する。中津川市消防団、恵北地区消防団、蛭川村消防団、山口村消防団は、連合制をとり8消防団制となる。これにより、消防団員実員数は1773名となる。 |
| 平成18年 4月 1日 | 中津川市消防団長に丸山輝城就任、兼ねて中津川市消防協会長に就任。 |
2009年5月11日 13:16





